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対談YUKAと世界の女性たち

file03:ワーキングマザーの理想と現実 働きたいのに働けない!

ソウルの医学生、金さん

比嘉さんプロフィール

沖縄在住の30代の女性。大学ではグラフィックデザインを学び、就職、結婚。現在は2児の母。当医院にて歯科助手として勤務。家庭の事情で福岡から沖縄へ。仕事をしたいという強い意志を持つが、既婚女性&子持ちであるため就職は困難なのが現状。子育てが一段落するのを待っている。

「仕事をしたい!」という強い意志を持って、小さなお子さんを抱えながらも未経験の歯科業界(なかがわ歯科医院)に飛び込んでこられた比嘉さん。これまでの経験を生かし驚異的なスピードで仕事を覚え、見事、優秀なスタッフとして成長するも、ご主人のお父上が病に倒れたのをきっかけに、沖縄へ。女性は夫の転勤、両親の介護によってそのキャリアが何度も危機にさらされます。その上で、子育ての難しさも重くのしかかり・・。住む土地が変わればその苦労もひとしお。 今回は、能力とやる気がある日本の女性が抱える就職の難しさ、結婚後の再就職の厳しさを話して頂きました。日本の若い女性たちが進路を考える上で参考になるのではないでしょうか。

故郷、大川について

中川: 沖縄であったときと変わらずファッショナブルですね。いっしょに仕事をしていた頃、とても楽しかったです。
比嘉さんは医院のムードメーカーでした。出身は九州でしたね。
比嘉: 生まれは、福岡の大川市です。
中川: 大川家具が有名ですよね。
比嘉: 父が家具職人です。定年はもう過ぎましたが、まだ跡を継げる人がいないので今でも現役です。父は家具の開発をしています。次はどんな家具を作ろうか、とか。
中川: 大川の家具は年配の方に人気がありました。家を建てたら大川の家具を買うんだと。
比嘉: 昔は全国から買いに来る人がいました。またこの家具のデザインが派手で。家具に鳳凰とかナポレオンの彫刻がどんとあるんです!(笑)
中川: 最近はシンプルな家具や、輸入家具が好まれるようになりましたね。
比嘉: うちの父がいる、ショールームとかは半分くらいが輸入家具です。それをマネして、安いのを作ったりしているみたいです。
中川: 職人さんからすると、お辛いでしょうね。
比嘉: 時代は変わりますから。

初めての挫折と大学進学〜あの3年間は私の人生の失敗です(笑)〜

中川: どうやって大学を決めましたか?なかがわ歯科医院で採用された、初の大卒女性でした。
比嘉: そうだったのですか。高校生までは優等生だったんですよ。
中川: よくわかります。比嘉さんの業務ノートが証明しています。後から入ったスタッフがどれだけあのノートに助けられたことか。ありがとう。
比嘉: 挫折を知らず、さほど努力もせずトップの進学高校に入ったら、自分と同じレベルの子ばかりでした。勉強は難しいし、もう息切れしてついて行けなくなりました。
中川: 私も高校では暗記ばかりの受験勉強ばかりで嫌気がさしました。
比嘉: 高校では、「努力!」しないといけないのがつらくて。
中川: そこで私は「努力!」をしたのですよ(笑)
比嘉: あの3年間は私の人生の失敗です。勉強はしなかった。でも、卒業するときに就職とかはまだ考えられなくて…。うちの母は、どこでもいいから大学に行けと。
中川: 「手に職」系の看護学校とか勧められませんでしたか?
比嘉: いいえ。私の母は優秀でしたが、昔だから高校も普通高校には行かせてもらえずに家政科に行ったそうです。うちの父も長男だったから(どうせ家を継がせるからと)中学までしか行っていません。だから自分たちの子どもは必ず大学まで行かせる、という考えでした。でも、いざ、大学に行こうとすると入学できそうな大学がなくて困りました。
中川: 短大という選択肢もあったでしょう?
比嘉: 4年制大学がよかったんです。
中川: ゼイタクですね。
比嘉: 2年じゃ足りなかった。
中川: 何が足りないのですか。
比嘉: 遊び足りない・・(爆笑)
中川: 私は「女に教育はいらない」と言われました。弟の教育にお金をかけるからと。
比嘉: 家庭によっていろいろな事情がありますね。父は中学を卒業してから奉公に出て働きました。お金にも苦労してきて、自分のやりたいことは何もできなかったので、教育に関することででお金の心配はさせたくはないという考えでした。だから、当時の私は私立大で行けるところを探していました。でも、受けるところがなくて。
中川: いくらでもあったでしょう。でも、「ゆとり教育」「大学全員入学」の現在よりは、はるかに入学試験は難しかったですね。
比嘉: 高2の時、理系へ進みましたが、3年で私立文系のクラスに変わりました。そしたら、社会をまったく履修していなかったんです。3年間通して1回も。大学入試では必須ですね。世界史と日本史とか、地理とか。
中川: 国公立大学を受けようという気はありませんでしたか?
比嘉: いいえ、もう私立だけで頭がいっぱい。考えがすごく子どもでした。センター試験の世界史の試験を受けてもだめだなって。
中川: 比嘉さんの能力なら事前に教科書を読み込むだけで全国平均点くらいとれたのに。(悔しそうに)
比嘉: それにこりて、大学では専門的な知識を身につけようとは考えていました。
中川: 一生仕事をするつもりでしたか?
比嘉: はい。そのとき自分には何ができるか考えたら、絵を描くのだけは得意でした。そう遠くないところに九州産業大学のデザイン科がありました。
中川: 芸工大(現、九州大学芸術学府)は知りませんでしたか?
比嘉: いいえ。芸工っていうからちょっと、工学系なのかと思いました。
中川: 工学と芸術を合わせて学ぶところです。比嘉さんに向いていたと思います。
比嘉: そうですね、工業とデザインって切っても切り離せないものですよね。
中川: 純粋な芸術・アートじゃなくても、ポットや電話機などの商品形態のデザインを学んでいたら、お父様のお知恵なんかも拝借できてよかったのかな、なんて。
比嘉: 本当にそうですね。
中川: 進路を決める時期に、道しるべになる人が周りにいるかいないかは、大きいですね。
比嘉: デザイン科に行くのも、そういうことが分かっていれば、また違っていたはずでした。
中川: 目標のことですね。
比嘉: ただ漠然と行ってしまったから…。だから大学入ってからも、何をしていいか分からない状態でした。
中川: とりあえず周りの人と仲良くしながら何となく単位を取って…となってしまいがちですね。
比嘉: そのとおりです。
中川: もったいないですね。若い時にはいろんなことにチャレンジできるのに。
比嘉: だから、今、もう1回大学行っていいよって言われたら喜んで行きますよ 。

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